2005/04/23

■ワイド版GS美神20巻

 お久しぶりです。深沢です。
 世間的には「かってに改蔵」のやっちまった最終回で大騒ぎになっているんじゃないかと思うのですが、今回は先週発売されたワイド版「GS美神」の最終巻の話です。
 ここは一応そういうサイトなので。

 それで「GS美神」の最終巻ですが、やっぱり「GS美神 '78!!」が何度読んでも秀逸。こんな勢いのあるラブコメ、今のサンデーじゃ滅多に読めません。
 前にも書きましたけど、とにかく唐巣神父が男として格好良過ぎます。「失恋した美智恵に負けない力を身に付けるために修行の旅に出る」という最終話における彼の行動が、もう男らしすぎて辛抱たまりません。この時の彼は、理由は自分でも何だか判らないけど、とにかく「美智恵と吾妻がくっついた」現実に対して反逆したかったんでしょう。その気持ちよく判るぜ神父!

 という訳で「GS美神'78」はたいへんに面白いのですが、それ以降の話になると、さすがに「連載末期」という言葉の響きがよく似合うグデグデした雰囲気が、どことなく漂って来るようになります。
 特に「呪い好きサンダーロード!!」や「もし星が神ならば!!」を初めて読んだ時なんかは、「この程度のボリュームなら1話でコンパクトにまとめた方が面白そうなのに、どうしてわざわざ2話構成にするのか? 作者や編集部に何かあったのか?」とか好き勝手に思っていました。やっかいですね(オレが)。

 またこの時期は、絵柄の面でもちょっと荒れ気味というか、キャラクターが不自然なまでにオーバーな表情をする記号的な表現(笑い目+涙+鼻水のアレです)の多用っぷりが目に付くような気がします。実際、「GS美神'78」までと「呪い好きサンダーロード」以降では、作風そのものが微妙に変わっているように見えてしまう時もありました。やっぱり、この時期に作者に何かがあったのか? とか勘ぐってしまうのがファン心理のやっかいなところですよね(自己肯定)。

 更に、当時は「もし星が神ならば!!」に対して「織姫が化けるのは、美神じゃなくてルシオラであるべきだ!」なんてツッコミがあったり、「マジカル・ミステリー・ツアー!!」に対しては「せっかくおキヌちゃんと横島のツーショットなのに、ラブ度が足りねえ!」なんて意見が結構このサイトに寄せられたのも記憶に残っています。やっぱり、みんな色々と引きずっているものがあったんでしょう。
 作者が提供するものとそういう読者が望むものの間の溝は、この時期になっても埋まることはなかったのです。

 その後、サンデーで「ここより永遠に!!」が掲載された頃にGS美神の連載終了が正式に作者からアナウンスされ(サンデーファン感謝イベントのトークショーで椎名氏自ら「今最終回の原稿を描いている」と暴露して観客をビビらせたそうな)、この作品は終局に向かいます。

 最終回「ネバーセイ・ネバーアゲイン!!」は、今読み返せば「GS美神」という作品の本来のテーマを端的に表現しているよくできたお話になっていると思うのですが、でもやっぱり当時は多くの読者の中にまだ色々と引きずっているものがあったためか、人間関係にケリをつけないままうやむやのうちに終わってしまったことに対しては、(それが作者の狙いであるのが判っていても)やっぱり釈然としないものを覚えた方も多かったのではないのでしょうか。

 連載終了後に読んだ、とある「GS美神」の同人誌の中にあった「『GS美神』は最高のマンガだったが、最終回は最高ではなかった」という言葉が、その釈然としない感覚を上手く表現しているなあと思いました。
 アシュ編終了後の「GS美神」は、既にそういうコアなファンの期待に沿えるマンガではなくなっていたのかも知れません。

GS美神極楽大作戦!! 20 (少年サンデーコミックスワイド版) GS美神極楽大作戦!! 20 (少年サンデーコミックスワイド版)
椎名 高志
小学館 / (2004-07-15)
 
発送可能時間:

※ワイド版感想の締めとして、この機会に「GS美神」に対する個人的な想いを書いてみるつもりでしたが、ちょっと時間がなくてまとまらなくなっちゃったので、その辺はまた後日。

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■今更マリみて新刊感想

 「マリア様がみてる」における『姉妹の契り』は時折『婚姻』にも例えられますが、『涼風さつさつ』において祐巳が可南子相手に「いい子だとは思うんだけど、いざ妹にするとなるとちょっとなあー」とか色々妄想していた姿に、周囲から縁談を薦められて「悪い人じゃなさそうだけど、でもこの人とお付き合いをするとなるとちょっとねえー」と悩む自分の姿を重ね合わせてしまった経験がある、適齢期逸脱間際の善男善女の皆様こんにちはー!(挨拶)

 その件についてはノーコメント。深沢です。
 今更ではありますが、以下はみんな大好き超お嬢様わんさかコメディー「マリア様がみてる」最新刊・「特別でないただの一日」の感想です。いやその、急に書きたい気分になったのでつい。「マリみて」は時々熱がぶり返すのでヤバいです。

 もう発売から1ヶ月以上経過しているので、ネタバレ前提でお願いします。

 この巻が発売された当時、「マリみて」読者の最大の興味は、何と言っても「主人公の祐巳が誰を『妹』に選ぶのか?」ということであったのは間違いないでしょう。折しもこの巻が扱っている『学園祭』という舞台設定は「マリみて」第一巻で祐巳が祥子と姉妹の契りを結んだきっかけとなる事件が起こったという史実があるので、当然この巻では「祐巳が妹を誰にするかを決める、決定的な事件か何かが起こるのでは?」と期待する読者が多かったのではないかと思われます。
 …でも、その結果は皆さんも読んでご存じの通り。この巻の存在意義は、一番最後のシーンで祥子さまが祐巳に「妹を作りなさい」と言う状況を作るための壮大なネタ振りに過ぎなかったのではないか、と申しても過言ではないお話でした。

 「学園祭の一日は、祐巳にとって特別なものになるのではないか」という読者の期待感を、「特別でないただの一日」というサブタイトル、そして一番最後のシーンで祥子が祐巳に語った「今日は特別でも何でもない、昨日と変わらないただの一日よ」という台詞で完全にひっくり返してしまった作者のセンスと(良い意味での)底意地の悪さには、心底惚れ惚れさせられます。
 さすがはダブル受賞作家! センスが違いますね!(←私が言うと褒めてるように聞こえなくなるのは何故ですか)

 とは言うものの、話の中では最初から最後まで祐巳の「妹」候補である松平瞳子と細川可南子の動向がクローズアップされており、読者のそういう興味を更に掻き立てる効果を果たしたのもまた事実。
 瞳子が所属している演劇部で派手に問題を起こしたり、前々から張られていた可南子の「極度の男嫌い」(というか人間不信)の伏線の回収劇が多くの人を巻き込みながら壮大なスケールで繰り広げられたりと、どちらも負けず劣らずの暴れっぷりを披露してくれました。

 主人公の祐巳はどちらの騒動にも深く関与する(そして、結果的にそれが二人が抱えているそれぞれの問題の解決に繋がる)ことになるのですが、騒動の渦中にいる瞳子と可南子が祐巳と接する時の態度が、何だかラブコメみたいで微笑ましく思えて来るのが面白いところ。わざわざ祐巳と二人きりの時に学園祭の演劇の不満を愚痴り始める可南子といい、祐巳の視線を感じた途端にわざとらしく顔を背ける瞳子といい、どちらも過剰なまでに祐巳の存在を意識しているのは明らかです。
 二人とも口では「祐巳さまの妹にはなりたくない」と言ってはいるものの、実際にはどちらも祐巳にかまって欲しくて仕方がないのが歴然な描写がなされているので、彼女たちが祐巳と絡むシーンが出てくるたびに、私はもう始終ニヤニヤしっぱなしでした(悪趣味)。

 そして、今回の物語をより(色々な意味で)面白くしているのが、主人公の祐巳の天然ボケっぷりです。彼女は祥子お姉さまや友人のことになると勘が冴えるのですが、こと自分自身に関してはてんてニブいままであり、自分がどれだけ周囲からモテモテな状態になっているのか、この段階になってもまだ彼女は自覚していません。
 祐巳はこの巻においても、可南子や瞳子の「妹にはならない」発言を真に受けたまま、罪のない天使のような好意を彼女たちに向け続けています。可南子や瞳子は、上で述べたように彼女の存在を強く意識してはいるものの、自分から「妹にはならない」と言った面子もあるし、それに祐巳が自分の世話を焼こうとする感情にはまったく他意がないこともよく判っているため、祐巳の好意を知らないフリしてやり過ごすしかありません(物語後半の瞳子がまさにこの状態)。祐巳が接するたびに、彼女たちの緊張感は高まっていく一方なのです。
 そんな緊張状態の真っ直中に居ることを知らず、無邪気に振る舞い続ける祐巳の天然っぷりには、もはや微笑ましいを通り越して何だか怖ろしくなって来てしまいます。彼女のこの態度は、そう遠くないうちに何かとんでもない事態を引き起こすんじゃないか、と思えてなりません。

 今の祐巳をこのサイトらしく例えるなら、「MISTERジパング」に出てきた蜂須賀小六のこの台詞が適当かも知れません:

 「火薬庫で火遊びする奴は二種類しかいねぇ。
  何も分かってないバカか、よっぽど火の扱いに自信のあるバカだ!!

 「ミスジパ」の信長はどちらかと言えば後者に当てはまるタイプでしたが、祐巳ちゃんは自分が火薬庫にいることも、また自分が火遊びをしていることにも気付いていないという意味で、信長をはるかに超越していると思いました。
 さすがは、近い将来リリアン女学園を支配する女王となるであろう運命の持ち主! 器の大きさが違いますね!(←私が言うと褒めてるように聞こえなくなるのは何故ですか)

 この巻では「特別でないただの一日」という表題通り、姉妹関係については表面上の変化はありませんでしたが、でも可南子や瞳子と祐巳との関係は更に深まり、また緊張も高まりました。もはや、ちょっと祐巳が二人に対する態度を間違えたり、どちらかが本気で「妹にして下さい」とか言い出したりしたら、今の人間関係は一気に崩れてしまいかねません。この巻の最後の祥子さまの台詞「妹を作りなさい」は、そのことにあまりにも無自覚な妹に対して認識を改めさせる狙いがあったのではないか、とも思えてきます。

 そんな感じで、次回以降一気にヒートアップするであろう「祐巳の妹選び」のストーリーを楽しみに待ちたいと思いました。

 あと、こちらも諸般の事情で嫁選びを迫られている由乃の方ですが、こっちは祐巳と違ってどのキャラに対しても全くフラグが立たず、祐巳と漫才やっただけで終わってしまいました。祐巳はモテすぎちゃってヤバいんですけど、由乃は逆にモテなさ過ぎてヤバいことになっています。

 これはおそらく、このまま(劇中で)11月になっても妹が見つからず、困った挙げ句にそこら辺の知り合いの1年生を捕まえて「これから来るOGの前でしばらくアタシの妹のフリをしてくれない?」と頼み込み、山百合会の面々を巻き込んで周囲に散々迷惑をまき散らした挙げ句に江利子に一発で見抜かれてギャフン! みたいな、吉本新喜劇的なコテコテの展開をするための伏線と見ましたがどうか。

 そういや彼女の姉の令さまもすっかり「ヘタレ」のキャッチフレーズが似合う芸風になってしまいましたし、黄薔薇一族はどんどんヨゴレ役化して行く一方です。微笑ましい限りですね

マリア様がみてる ―特別でないただの一日 (コバルト文庫) マリア様がみてる ―特別でないただの一日 (コバルト文庫)
今野 緒雪
集英社 / ¥ 440 (2004-10-01)
 
発送可能時間:在庫あり。

※一応補足しておきますが、本来「マリみて」は姉妹制度をキーワードに少女同士の心の交流と成長の様を描いた少女小説であり、今回の「特別でないただの一日」でも可南子と瞳子がそれぞれ事件を通じて「相互理解」の必要性を自覚する様子が描写されています。一応、その辺はちゃんと判ってるつもりですので!(言い訳)
 おそらく次回以降では、今回とは逆に祐巳がこの二人を理解しようとする様子が描かれるのではないのでしょうか。

 なお、マリみてを「相互理解」というキーワードで判りやすく論じているサイトとしては、「ランゲージダイアリー」(あいばゆうじさん制作)がお勧めです。「mot×mot」の時代から楽しく読んでました(カミングアウト)。
 「ガンダムSEED DESTINY」や「武装錬金」の感想も熱いので、そちらが好きな方もぜひ。

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■bk1プラグイン修正

 このサイトでは、本の情報の表示にbk1の河野さんが作ったMT用bk1プラグイン(mt-bk1.pl)をblosxom用に移植したものを使っているのですが、商品によっては「bk1ストラップ」が表示されるという現象が起こっていました。
 ちょっと調べてみたところ、プラグイン(正確には、bk1の商品情報をXMLで返すAPI)にISBNコードを渡した場合に限り、必ず「bk1ストラップ」(=商品なしエラー)が返ってくるようになっていました。ISBNではなく、bk1の商品コードに相当するbibidを使えば問題ないみたいです。

 ただ、APIから返ってくる商品情報へのURLの記法がリニューアル前のままなのがちょっと気になったので、それを現在の形に変更するバージョンを作成しました。念のため公開しておきます。
 →blosxom bk1プラグイン (05/04/23版) ※文字コードはUTF-8で保存して下さい

 あと、プラグインの中にある「買い物カゴへ」リンクを作成する機能がリニューアル前のURLのままなのですが、テストしてみたところ昔のURLを叩いても使えたので、とりあえずそのままにしてあります。でもこれは使わない方が無難な気がする。

 bk1は現在、リニューアル後の混乱が続いていてえらい大変そうですが、めげないで頑張って欲しいところ。
 リニューアル後は売り上げランキングでよくボーイズラブ系が上位に来るようになった気がするんですけど、「より実売に近い形でランキングを公表してみました」ということは、つまりbk1ってそういうのが大好きな人から好んで利用されているということでしょうか。興味深いです(深いの?)。

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■生存証明を兼ねた最近買ったもの紹介:武装錬金4巻

武装錬金 (4) (ジャンプ・コミックス) 武装錬金 (4) (ジャンプ・コミックス)
和月 伸宏
集英社 / ¥ 410 (2004-09-03)
 
発送可能時間:

 皆さんご存じだろうと思いますが、みんな大好きLOGIC&MATRIXの遊星さんは、相変わらず「武装錬金」普及のために頑張ってますね! 私の頭の中では、もう遊星さんのビジュアルイメージはパピヨン蝶野そのものです!(失礼)

 幾多の打ち切りの危機を乗り越えてきただけあって、「武装錬金」のファンはみんな熱いなあ!

 そんな感じ(?)の「武装錬金」ですが、コミックスの方も相変わらず熱いです。今回のメインは勿論早坂姉弟との対決シーンとなる訳ですが、とにかくカズキの言動が熱い。特に、P.142の

 「まだだ! あきらめるな先輩!

 という台詞は、おそらくこの中にこの作品のテーマのもっとも大事なものが詰まっているであろう、名言中の名言だと思います。かつて自分の目の前で蝶野が人間であることを諦めてホムンクルスになってしまうのを止められなかった経験を持つカズキだからこそ、彼が放つ「あきらめるな!」という言葉には強い説得力があるのでしょう。何度読んでも、このシーンで目頭が熱くなりますよ。
 対早坂姉弟編は、早坂姉弟が相互依存の閉塞状態から脱却して生きる目的を取り戻したのと同時に、カズキもまた一度は守れなかった大切なものを今度は守ることができた――という意味において、とても重要なエピソードであったと言えるでしょう。

 あと、ちょうどこの対早坂姉弟編が掲載されていた頃はジャンプでの「武装錬金」の掲載位置が後退していた時期で、「もうすぐこのマンガ終わっちゃうんじゃ?」とまで噂されていたこともあっただけに、「まだだ! あきらめるな!」という台詞が妙なシンクロ感を生んでいたのも、今となっては良い思い出です。
 4巻のライナーノーツを読むと作者が人気獲得のために色々と苦心している様子が伺え、やっぱりこの頃は作品のマネージメントが大変だったんだなあと想像。

 あの頃はあんなに貧弱だった「武装錬金」が、今ではキャラクター人気投票ができるくらいまでの人気者に……(しみじみ)
 やっぱり、何事も簡単に諦めちゃダメだよね!

 現在ジャンプに掲載されている連載では、今度はカズキが「人間」であることをあきらめない為にあらゆるモノと戦わなければならない境遇に叩き落とされており、4巻で提示されたテーマがますます重みを増して来ています。
 生物的な意味での「人間」でいられる残りわずかな時間の中で、カズキはいったい何を成し遂げることができるのか。作者の和月氏の今後の手腕に注目したいところです。

 「武装錬金」は、個人的には今ジャンプの中で最も今後に期待しているマンガです。
 さすがに私はコミックスを30冊も買うことはできませんが(笑)、これからも何とか応援していきたいなあ。

■生存証明を兼ねた最近買ったもの紹介:無敵鉄姫スピンちゃん

無敵鉄姫スピンちゃん (ジャンプコミックス) 無敵鉄姫スピンちゃん (ジャンプコミックス)
大 亜門
集英社 / ¥ 410 (2004-09-03)
 
発送可能時間:在庫あり。

 連載中は主に大きなお友達層からコアな人気を獲得したにも関わらず、掲載時期のタイミングの悪さなどの諸般の事情が重なってしまって惜しまれながらもわずか11週で打ち切りとなり、椎名先生からも同情された(笑)悲劇のコメディマンガ「無敵鉄姫スピンちゃん」。ついにコミックスが発売されました。めでたい。

 私が普段コミックを書店では、ジャンプのコミックスの場合は例え不人気作品でもあっても結構な数が入荷されるものなんですけど、なんか「スピンちゃん」の場合は、自分が発売日に買った時には既に残り一冊の状態でした。
 変な人気があるせいなのか、単に入荷数が少ないせいなのかは不明ですが、ジャンプコミックスでこういうのは珍しい気がします。

 それでこのマンガ、今改めて読んでみると、「いもうとミサイル」「真性ゲイの女子高校長」などはともかく、「女性を口汚く罵る引きこもりのデブ男」やら「性格はともかく見てくれがマッチョかつマッスルなデブ女子」やらのスパルタンなキャラが大暴れする話とかになってしまうと、なんかこう「まあ、さすがに少年誌じゃ打ち切られるのも仕方ないかな…」という気になって来る良識的な自分を発見してしまい、ちょっと悔しい気分に(悔しいの?)。

 作者の大亜門氏は「テーマはダメ人間賛歌です」と取って付けたようなこと言ってますが、天下の週刊少年ジャンプがこういうダメなマンガを受け入れるには、まだ時代がちょっと早過ぎたのかも知れませんね。
 「スピンちゃん」の連載が始まってスピンのぷに顔がジャンプの表紙を飾った時は、「これは新しい時代の幕開けに違いない!」と確信したものでしたが、残念ながら時代のあだ花に終わってしまったようです。と時代のせいにしてみる(万能の言い訳)。

 何にしろギャグセンスには光るモノを感じるのは確かですので(読み切り版に出てきた台詞「どんなに社交性のないダメ人間でも、ロボットと小さな女の子は大好きですからね」は、今も私の座右の銘です)、ダメ人間に対する愛情を更に極めた上での再起を期待します。

■こわしや我聞5巻のおまけマンガが面白い件について

「こわしや我聞」5巻のおまけマンガより抜粋:

いやー國生さんサイコーですよ!
 アニメ化したら声優は能登さんでお願いします!

 國生さんの声優には浅川悠さんを推薦したい!(挨拶)

 そんな感じで、「こわしや我聞」の5巻が発売されました。
 この巻は色々な意味で見所が多くて面白いと思ったので、あえてご紹介する次第。

 まず本編の方ですが、この巻には、静馬番司が登場して我聞と張り合うエピソードと、「卓球部は文化祭でメイド喫茶をやる」という理由で國生さんがメイドのコスプレをして大活躍するエピソードが掲載されています。
 我聞に対するライバル心全開で乗り込んできた番司を自然と仲間に引き入れてしまう懐の深さを持つ「工具楽屋」の面々、宿敵・真芝に対する怒りを優先しようとする番司をたしなめることで己の「強さ」を見せた我聞、そして文化祭を舞台にドタバタ学園コメディーを無理なく繰り広げられるだけのポテンシャルを持つことを証明した、サイドストーリーに欠かせない卓球部や生徒会の個性的なメンバー達。番司編と文化祭編は、どちらも「我聞」がこれまでの連載の中で築き上げてきたキャラクター、そして彼らが織りなす作品世界の魅力を見せることに成功している、優れたエピソードだと思います。
 何より、メイド服姿の國生さんは猛烈にカワイイですしね(結局コレ)。

 そして更に「我聞」5巻をパッケージとして魅力的にしているのが、2つのおまけマンガの存在です。

 まず一つは、4巻にも掲載されていた、デコでメガネで三つ編みでかつアホ毛を装備し、性格は勝ち気で強情っぱりだけど実は押しに弱くてドジな一面もあるという、そういう嗜好を持った読者(オレとか)にとっては最強生物兵器級の破壊力を有する生徒会長・鬼怒間リンが主人公の4コママンガ『征け! 会長さん』。
 普段はツンツンしてる彼女が、最初から最後まで卓球部の食えない面々(特に國生さん)にいいようにあしらわれてどんどんダメになって行く様は萌えです。ヘタレな委員長女子が好きなら是非。

 そしてもう一つが、作者の藤木俊先生が「いでじゅう!」作者のモリタイシ先生に対して一方的に宣戦布告をした挙げ句、一方的に敗れ去る様を克明に描いたドキュメンタリー『モリタイシをやっつけろ!』。
 モリタイシ先生は女性ファンからしきりにサインをせがまれたりしてモテモテなのに、自分のとこに寄ってくるファンは「國生さんの声優は能登さんでお願いします!」とか言ってくるばっかりであるという現実に直面した藤木氏は、モテるモリ先生に対して一方的に激しい嫉妬の念を抱くのであった! という、逆恨みとしか思えない出来事をキーに、「いでじゅう!」コミックスのイラストコーナーに自分のイラストを送りつけて勝手にコラボレーションを成立させようとする藤木先生の悪あがきっぷりを描いた衝撃的な実話レポート巨編(4ページ)です。これが妙に面白いのなんの。

 今後のサンデーを共に背負って立つであろうモリタイシ先生と藤木俊先生が、我々読者の知らない領域で激しく火花を(一方的に)散らすライバル関係になっていたとは意外でした。なんか、一昔前の北崎拓先生に対する久米田康治先生の一方的な確執みたいで萌えです。
 どうやってもモテ具合ではライバルに勝てないところなんか特に(失礼)。

 そんな感じでたいへんに面白い「こわしや我聞」5巻なんですけど、唯一残念な点を上げるとすれば、やはり表紙のデザインでしょうか。
 この巻の最大の売りは文化祭編(=國生さんメイド喫茶編)であることは明白なのにも関わらず、何故か表紙で主役を飾っているのは拳で語り合う我聞と番司、そして中央でライフルを担いでダンディな笑顔を見せる中之井千住(じじい)という暑苦しい構成で、しかも國生さんはメイド服じゃなくて高校の制服姿のまま。正直、これは機会損失も甚だしいんじゃないかと思うのですがどうか。
 そんなに男性ファンから声優トークをふっかけられたのがショックだったのでしょうか。

 その気持ちも判らないではないのですが、でもここはやはりプロに徹して欲しかった所存。ここまでおまけマンガを充実させるサービス精神があるんだったら、「表紙のカバーを外したら、そこにはメイド服姿の國生さんが頬を染めながら(以下略)!」とか、そういうサービスもあったっていいんじゃないのかと言いたい!
 だって、「我聞」の最大の魅力は、どう考えたってやっぱり國生さんじゃないですか! アニメ化されたら國生さんの声優は浅川悠で決まりなんですよ! いやその、能登麻美子でも私は一向に構いませんが!

 もし第2版がそうなってたら、喜んで「我聞」5巻を買い増します(おわり)。

こわしや我聞 5 (少年サンデーコミックス) こわしや我聞 5 (少年サンデーコミックス)
藤木 俊
小学館 / ¥ 410 (2005-03-18)
 
発送可能時間:在庫あり。

■シグルイ・イン・ライブラリー

 『狂おしく 血のごとき 月はのぼれり
  秘めおきし 魔剣 いずこぞや

 伊良子清玄と藤木源之助が怪物となった夜。
 月と、マリア様だけが二人を見ていた。

 そんな感じで、「シグルイ」3巻が出てからというもの、再び「シグルイ」と「マリみて」をコラボレートする遊びが自分の脳内で再流行中の私ですが!(挨拶)

 「シグルイ」2巻の時は、『物語の根底に「完成された封建制度の狂気」という共通したテーマがある』という視点から「シグルイ」「マリみて」双方の物語の類似性を指摘しましたが、先日発売された「シグルイ」3巻、およびマリみて新刊「イン・ライブラリー」の幕間劇『イン・ライブラリー』においても、やはり同様の傾向が見られると思います。

 「シグルイ」3巻の内容は、虎眼の妾のいくに手を出したことで虎眼の怒りを買った伊良子清玄が仕置きされて廃人となる様を、それこそ最初から最後までみっちりねっとりと描写している訳なのですが、何故伊良子がここまでメタメタにやられちゃったかと言えば、妄想に囚われて後先が考えられない状態になっている道場主・岩本虎眼に対して常識的なツッコミを入れられる状態の者が誰も存在せず、虎眼の意のままに動いて伊良子をシメることしか考えられない「傀儡」と化していたからに他なりません。
 むしろ突っ込むどころか、伊良子を除く全ての虎眼流剣士達が積極的に岩本虎眼の狂気の世界を受け入れて伊良子の仕置きに荷担しているところに、この作品が描いている狂気の本質があります。

 3巻の「犠牲者」となった伊良子は元々狂気の道場の埒外に存在していた人物ですし、いくと三重の二人の女性は、自分を取り巻く絶望的な状況を変える力が彼にはあると思ったからこそ伊良子を愛するようになったと思うのですが、でも「シグルイ」を取り巻く世界は「少数のサディストと多数のマゾヒスト」を前提として成り立つ狂気の封建制度によって支配されています。制度を受け入れられない者は、制度によって葬り去られる運命にあるのです。それが封建社会というものなのです。
 客観的に見れば、伊良子を何とかするよりも、あきらかにおかしい(頭が)虎眼を何とかした方がみんなハッピーになれるんじゃ? と突っ込みたくても、この作品世界のシステムは斯様な突っ込みを全く受け付けません。虎眼の狂気が全てを統べる閉塞環境の中であらゆる者がおかしくなっていく様を、我々はただ「うへぇー」と呻きながら見守るしかないのです。

 つまり「シグルイ」とは、「封建制度」という作品世界の有り様がその作品の面白さを規定する、システマチックな面白さに溢れた作品と表現することができます。

 「彼女。変わりました
 松平瞳子は、はじめて細川可南子の笑みを見た。

 そして「マリア様がみてる」も、また「作品世界の有り様がその作品の面白さを規定する、システマチックな面白さ」に溢れた作品です。カトリックの女子校という舞台設定もさることながら、「姉妹制度」という文字通りのシステム、そしてそのシステムがあるが故に生み出される人間関係の数々が、この作品世界の根底を形成しています。

 特に「イン・ライブラリ-」に掲載されている、"名作"の誉れ高い『チョコレートコート』はまさにこれに当てはまるエピソードです。この話は、作品世界に「姉妹制度」が存在しなければ、そもそも物語として成立しません。姉妹制度が「契約」として婚姻にも似た強い力を持っているからこそ、「チョコレートコート」における三角関係は成り立つのです。
 長期連載として安定した面白さを発揮している作品は、大抵はこの「システムが規定する面白さ」を持ち合わせているのではないか、と思われます。

よく寝てよく食べてストレスはため込まない。
 愚痴を言いたくなったら、私のところに来る、いい?

 顎先をかすめただけの祐巳の言葉は、
 それ故に瞳子の脳を十分に震盪せしめた。

 更に「マリみて」の場合、「作品世界のシステムが、読者の常識的な突っ込みを全く受け付けない」という「シグルイ」同様の狂気的な要素も、同時に持ち合わせています。
 それが顕著に表れているのが幕間劇「イン・ライブラリー」で、この話は要約すると「祐巳が寝てる間に居なくなった祥子さまをみんなが探す」というただそれだけのお話であり、「別に生徒会総出で探さなくても、館で待ってりゃいいだけじゃん? そんなに一大事なのか?」と客観的に突っ込んでしまえばそれまでです。多分、これを読んだ人の半分以上は、心の中でそう思ったに違いありません(断言)。

 しかし、前述したように「マリみて」世界には「姉妹制度」というシステムが存在しており、また主人公の福沢祐巳自身がその「姉妹制度」が原因で「誰を妹にすればいいのか」と悩んでいるという背景があるので、こんなお話でも

  • 「大好きなお姉さまを捜す」という理由で、祐巳が校内を徘徊する理由ができる
  • その祐巳の最有力妹候補である瞳子を登場させて祐巳と絡ませ、読者に興味を惹かせる

 ことが、物語的に可能となります。もはや祐巳に対しては、こと姉妹問題のことが絡むと常識的な突っ込みは通用しないのです。
 この辺、物語序盤で祐巳が山百合会の「埒外」な立場の視点から他のメンバーに常識的な突っ込みを入れていた頃と比べると、なかなか興味深いものがあります。これを「成長」と呼ぶのか「順応」と呼ぶのかは難しいところですが、祐巳もまた「マリみて」世界における狂気を体現する存在になったことだけは間違いないでしょう。狂気を維持する体制側の人間になるというのは、つまりはそういうことなのです。

 虎眼流を踏み台にして己の野心を成就させようとした伊良子は「仕置き」によって剣士としての命脈を絶たれた一方、虎眼流のシステムの中で己を磨き続け、伊良子を叩き潰した藤木は「怪物」と化して行きました。
 そして福沢祐巳もまた、リリアンにおける姉妹制度システムの中で徐々に「怪物」となりつつあります。もはや、彼女の誘いや説得に逆らえる者は、この作品世界の中では誰もいないのです。

 文化祭劇の練習の日。ただ一人山百合会の命に背き、瞳子の誇りを守った者。
あの方は傀儡(スール)どもとは違う。血の通うた誠の薔薇さま
 寒い筈がない。乙女の胸の内に、福沢祐巳が燃えていた。

 祐巳が藤木よりもタチが悪いところは、己がどれだけ強い存在なのか、当人がまったく自覚していないところにあります。
 「祐巳さまが自分を訪ねてきた」と知らされた瞳子はすっかりその気になっちゃってるみたいですが、一方の祐巳は相変わらずそれに気付いていません。この二人の関係は非常にマンガチックで魅力的ではありますが、また非常に恐ろしくもあります。もし、この期に及んで祐巳が瞳子を妹にしなかったら、瞳子の今の気持ちはどうなってしまうのでしょうか? 同じく祐巳を慕っている可南子は?
 祐巳が「妹」を決める段になった時、瞳子や可南子が「怪物」と化さないことを祈るのみであります。

シグルイ 3 (チャンピオンREDコミックス) シグルイ 3 (チャンピオンREDコミックス)
南條 範夫
秋田書店 / ¥ 560 (2005-01-20)
 
発送可能時間:在庫あり。

マリア様がみてる ―イン ライブラリー (コバルト文庫) マリア様がみてる ―イン ライブラリー (コバルト文庫)
今野 緒雪
集英社 / ¥ 440 (2004-12-25)
 
発送可能時間:在庫あり。

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