2005/05/04

■てれびくん6月号「ウルトラマンネクサス」感想

 ウルトラマンー!
 マックスー!(←「ふたりはプリキュア MAX HEART」におけるプリキュアマーブルスクリューマックスの「マックスー!」みたいなイメージで)

 ウルトラマンネクサスの後番組「ウルトラマンマックス」が7/2から開始されることが、正式に発表されました。「てれびくん」誌上でも早速「マックス」関連の記事が掲載されており、相変わらずの真のジャーナリズムっぷりを発揮しているのは流石です。
 でも、「マックス」が7/2から始まると言うことは、「ネクサス」は必然的に6月末に終了するということに。本来は4クール放送が予定されていた番組が3クールで終了するんですから、これって早い話が打ち切りですよね。とほー

 それでこの「マックス」ですが、宣伝文句

  • 今回のテーマは原点回帰!!
  • 子供に分かりやすく、単純なストーリー!
  • 圧倒的に強い
  • 毎週怪獣を退治!
  • 明るい画像で展開!

 となっているところからも判るように、「ネクサス」のこれまでとは全く違うウルトラマン像を目指していた(結果、大人向けを意識した複雑なストーリー、主人公達は常に苦戦し、毎週怪獣退治どころかウルトラマンがほとんど出てこない回もあり、なおかつ色々と暗い話になった)路線の特徴を否定するようなものばかりです。
 ここまで否定っぷりが徹底してると逆に爽快というか、あまりに分かり易すぎて何だか面白おかしいです。

 まあ、我々のような立場の視聴者はこんな感じで笑っていればいいんですけど、円谷プロダクションとしては昨年の「ULTRA N PROJECT」や「ULTRAMAN THE MOVIE」以降の新しいウルトラマン路線から後退することを意味する訳で、これはこれで相当しんどい選択だったのではないかと思われます。
 今の「ネクサス」の境遇を例えるなら、「ふたりはプリキュア」の前番組の「明日のナージャ」みたいなものなのかも知れません(どんな例えだ)。

 この前の土曜日に放送された「ネクサス」には、これまでの記憶を失ってすっかりみずぼらしい姿に変わり果てた溝呂木が出てきてましたが、その姿に「ネクサス」が表現しようとしていた志が破れてしまった様を重ね合わせてしまい、一人で勝手に「何てかわいそうなんだ」と感動してました(バカ)。
 とにかく、再登場した溝呂木の落ちぶれっぷりは異常で、自分の落ちぶれキャラ萌え属性がウズウズしてたまりません。「てれびくん」に掲載されていたネクサスの記事では、再びダークメフィストが登場して今度はネクサスの為に戦ってくれる展開になるそうなので、今後は溝呂木萌えの方向で視聴していきたいと思いました。

 それでこのサイト的には、やはり「てれびくん」に連載されている椎名版「ネクサス」の今後が気になるところ。当初の予定では全10回(04年12月号~05年9月号まで)ということになってましたが、放送が6月末まで終わってしまうことが明らかになったので、7月末に発売される9月号まで掲載されるかどうか微妙な感じになってしまいました。実際どうなんでしょうか?

 6月号に掲載された椎名版「ネクサス」は、28話のジュネッスブルーとグランテラの戦いと、27話で孤門と憐が遭遇して心を通わせる場面を組み合わせた構成になっています。
 椎名デザインの美男子同士が絡み合う孤門×憐のシーンも良いですが(語弊)、それ以上に本編のドラマで躍動的に描かれていたジュネッスブルーの無茶な戦いっぷりがちゃんと描かれていたので満足です。ジュネッスブルーの真っ二つ弓矢光線って、ビジュアルがやたらカッコイイいいので大好きなんですよ(アローレイシュトロームと呼べ)。
 本編の方が早めに終わってしまうということでマンガの方も今後あと何回載るのか判りませんが、せめて椎名版ネクサスはコミックス化されて欲しいです。誰にお願いすればいいんでしょうか。

 今月の「てれびくん」には、「仮面ライダー響鬼」の新ライダー・轟鬼の写真が掲載されてました。
 太鼓・ラッパと来て、今度はギターですよ。ギター。控えめに言っても格好良すぎます。ギターに刃をくっつけて敵をぶん殴ったり、魔化魎の体にギターをブッ刺してかき鳴らしたり、ディスクアニマルがカエルだったりと、いちいちツボに刺さるラインナップで大興奮。
 「響鬼」に出てくるライダーは、どれもデザインが秀逸だと思います。職場の同僚のお子様がグッズ欲しがる訳ですよ。オレも欲しいです(またか)。

 あと、オマケに付いてきた「ムシキング」のジャンケンバトルゲームのゲームシステムが、「賭博黙示録カイジ」の限定ジャンケンみたいなものになっているところが熱いと思いました。グー・チョキ・パーのカードを4枚づつ持って相手とカードでジャンケンし、12枚しかないムシカードを奪い合うというルールなので、本気で勝とうと思ったら、相手のこれまで使ったカードから次の対戦相手が出すカードを推測する必要が生じます。まさに限定ジャンケン。「てれびくん」のオマケなのに限定ジャンケン
 本物の「ムシキング」も相手の出すジャンケンの手を読む必要があるゲームですが、このオマケのカードゲームもそういう意味でかなりの「読み」を要求されるナイスゲーです。相変わらず「てれびくん」はあなどれませんネ!

2005/05/03

■サンデー超増刊ゴールデンウィーク号感想

 「男の子が買うにはかなり勇気がいる絵に仕上がってしまいました」と作者自ら豪語する、「ハヤテのごとく!」の絵が表紙を飾っているサンデー超増刊ゴールデンウィーク号を、ようやく購入して読むことができました。

 まあ、「ハヤテ」目当てで超増刊を買うような男の子は最初からその辺の羞恥心はクリアーしているはずなので、この程度の表紙だったら全然オッケーだと思いますよ。畑先生は、自分のマンガのファンが持っている勇気と度胸に対して、もっと自信を持った方が良いと思います。
 大丈夫! 彼らはみんな、もはやただ者じゃないんですよ! 畑先生のマンガが大好きな人たちは、きっと社会的な羞恥を乗り越えるために必要なスレッショルドの低さがハンパじゃない(=恥ずかしい表紙の本を買うことにためらいを感じない)連中ばっかりだと思うので、例えピンクなオーラを発しているような表紙の雑誌を買うことだって全然何ともないはずなんですよ!
 オレだってそうさ!(だからオタクは迷惑がられるんだと思います)

 それでマンガの中身の方ですが、これは「RADICAL DREAMERS」というサブタイトルからして、畑先生は要するに白い帽子の少女が「責任取ってね!」と言うタイプのマンガを描きたかったんだろうなあと思いました。

 あと、ハヤテとナギとマリア以外のキャラクターがほとんど出てこない(ナギを狙うマフィア以外の人間は通行人一人だけ)のが、ページ数的な制約はあるとは言うものの、ちょっと凄いかなと思ったり(違う意味で)。物語そのものはミコノス島が舞台になってますが、実質的には完全にこの三人の中で閉じた別の世界が舞台である、と言っても良いのかも知れません。
 マンガの中ではハヤテが引きこもり傾向にあるナギを表に連れ出そうと頑張ってましたけど、むしろこのマンガの作品世界そのものが引きこもり傾向にあるというか、このマンガは結局この三人を中心とした閉塞空間を描くことを志向しているということを、「モブキャラがほとんど出てこない」という事実が端的に示しているのではないか? とも思いました。

 このマンガ、ハヤテの目標である「借金の返済」にしろ、ナギの目標である「ハヤテとの恋愛」にしろ、あくまで内省的な世界の中で完結している『閉じた』目標であり、例えば「ラブひな」における「『考古学者になる』という自分の夢を叶えるため、ひなた荘を出て海外に留学する」みたいな、主人公が目標を達成することが作品内の閉じた世界からの脱出を意味する『開いた』目標ではないところが、「ハヤテ」という作品独特の空気のようなものを作っている一因なのかも知れません。
 ちょっと漠然とし過ぎた感覚なので、他の人に判ってもらえるかどうか判らないのですが、一応気になったのでメモっておきます。

 そして今回の超増刊で特にピックアップしたいマンガとして、「己棲虫」(岡田きじ)の名前を挙げておきます。

 時は大正時代、寄生虫を研究している書生風の主人公が、人の念が生み出した「己棲虫」と呼ばれる寄生虫に関わる事件を解決していく――という趣向の作品です。寄生虫が物語のキーとなるので、当然マンガの中にはそういう系統のが沢山出て来るのが特徴。例えば、

  • 謎の高熱に倒れた女性の耳から、芋虫のような形をした寄生虫がズルリと這い出て来る
  • 給仕の仕事をしている別の女性が、職場でバカにされた恨みが転じて寄生虫を生じさせてしまい、体から一斉に虫がブワッと湧き出してくる
  • 彼女に巣くった虫を退治するため、主人公は自分の体内に飼っている虫を口からズルルルと引き出して彼女の脳髄に打ち込む

 など、想像するだけでもちょっとアレなシーンの数々が、ゴシックホラー調の絵柄で綿密に描き込まれているんですから、そりゃもうインパクトは抜群。これはちょっと凄いです。読んでて体が痒くなること請け合いですよ!(誉めてます)

 物語のロジックそのものは「寄生虫」を「悪霊」などに差し替えれば割とよくあるタイプのものなのですが、「己棲虫」のビジュアルのグロさを活かすことで、このマンガを他のマンガとは違う独特な味わいを持たせることに成功していると思います。
 特に、己棲虫を単なるアイテム扱いするのではなく、(絵柄や時代設定、己棲虫が生じるメカニズムなどを含めて)作品世界が醸し出す雰囲気そのものが、寄生虫なる存在が持つ生理的に不気味なイメージを最大限に増幅するように計算されているところに感心させられました。作者のセンスは相当なモノなんじゃないのでしょうか。

 個人的にはこういう雰囲気のマンガは大好きなので、ぜひこの作品世界のマンガをもう一本読んでみたいとは思うんですけど、どう考えても寄生虫は少年マンガ向けの題材ではないので、少なくともサンデー本誌ではこのマンガの人気が出なさそうなのが残念でなりません。
 このマンガが広く受け入れられる為には、『子供に大人気な「ムシキング」に寄生虫が登場!』みたいな、社会的なパラダイムシフトが発生する必要があると思いました(無理)。

 あと、もう一つ挙げるとすれば、「BABEL」(原作/浜中明、作画/杉信洋平)でしょうか。
 このマンガは、「己棲虫」とは違った意味で普通じゃないので気になりました。

 『部活動中に突然現れた怪物に襲われて倒された剣道部員の主人公が、何故かバベルの塔の最深部で復活。カーミラと名乗る吸血鬼から「私の部屋までたどり着ければ、何が起こったのか教えてあげる」と言われた主人公は、彼女の声に導かれるままにバベルの塔の探索を開始する』――というのがこのマンガのあらすじなのですが、これだけでもこのマンガのただ事じゃなさ加減は判って頂けると思います。
 作品世界の設定があまりに過剰で説明過多なのもあってか、読んでいてもの凄い不思議な(というか、不条理な)感覚に囚われること請け合い。

その他、気になった作品
  • 「賭け卓球」ができる場所ってそんなにあるんですか? とは思ったけど、内容そのものは爽やかなスポーツマンガだった「RUSH!!」(向後和幸)
  • 萌え人気を狙った話も描けると思われるが、あえて「ギャグ」に徹しているように思える「ハッピー☆ハッピー セラピスト」(池田結香)

2005/04/29

■「夜行」の中にボボボーボ・ボーボボの絶望くんがいるのが気になります(サンデー22・23号感想)

  1. あだち充作品新連載(クロスゲーム)
  2. ラデツキー将軍劇場(ブリザートアクセル)
  3. P.236の萩がヤバい(クロザクロ)
  4. 「次の部長はあいつだな…」(いでじゅう!)
  5. 辻原過去話おわり(こわしや我聞)
  6. 番外. 東遊記最終回

1. あだち充作品新連載(クロスゲーム)

 ちょっと前にいきなり「KATSU!」が終わったと思ったら、早くもあだち充先生による次の新連載がスタートしましたね。
 「KATSU!」が終わった時は「もうそろそろビッグコミックの方に主力を移した方が良いのでは?」みたいな感想をネットで結構見かけましたけど、でもご本人はまだまだマンガ雑誌の主戦場である週刊少年マンガ誌で(「週刊誌連載は健康を害する」ことが判っていながら)やる気満々なご様子であり、あだち充という作家が相変わらず化け物であることを改めて証明した形となりました。

 それで今回の話ですけど、「今度のヒロインは四姉妹だ!」と聞いた時は「いよいよあだち充まで美少女わんさかコメディー戦線に参戦するのですか! あだちデザインの妹キャラにハァハァする時代がやって来たのですか!」とか思ってしまって身構えてしまったんですけど、蓋を開けてみたら相変わらずのあだち充のマンガだったので安心しました。
 ただ、四姉妹よりもヘルメット被った主人公の方がカワイイって辺りは、「ハヤテのごとく」にも見られる『少年キャラも萌え対象に入る現代的なムーヴメント』が垣間見えて興味深いと思いました。ウソですが。

 あと、次女の若葉ちゃんは「自分がちょっとカワイイ」ことを最大限に活かし、女の武器を駆使して男子からチヤホヤされてるタイプなので、同じクラスの女子からは嫌われているという脳内設定を立ててみたがどうか(ダメそう)。

2. ラデツキー将軍劇場(ブリザートアクセル)

 先週はマンガならではの演出で、吹雪ダンスの「何だかよく判らないけどとにかく凄い」感を表現していた「ブリザードアクセル」ですが、今週は更に「とにかく凄い」感がパワーアップ。スケートリンク全体が彼の創り出した異空間に取り込まれ、そこにいたキャラクター達をも巻き込んだ「ラデツキー将軍劇場」がいきなり始まってしまう始末です。
 まさかこんな形でネタにされてしまうなんて、ラデツキー将軍どころか作曲者のヨハン・シュトラウス一世まであの世でビックリしてるに違いありません。うっかり歴史に名を残すと怖ろしいにゃー(ファー様の声で)

 これって、早い話が「焼きたて! ジャぱん」のオーバーリアクションギャグの手法を更に拡張した表現方法ですね。まさかこういう手で来るとは。
 このやり方だったら、アニメ化されても「ジャぱん」同様に面白く見られそうだと思いました(だから気が早い)。

3. P.236の萩がヤバい(クロザクロ)

 ヤバイ。萩ヤバイ。まじでヤバイよ、マジヤバイ。
 萩ヤバイ。

 日本刀がいきなり鞭みたいにしなるという攻撃方法もかなりヤバいですが、何よりヤバいのはこの技を放っている時の彼の表情です。どう考えても、あれは「襲いかかってくる目前の敵を倒す」時の人間の表情ではありません。あれは「忘我」というか「虚無」というか、あるいは「溜まっていた小便を放出した時」というか、そういう系統の悟りの境地に達していなければできない表情です。
 何にしろ、既に彼は尋常ならざる境地に立っていることだけは確かなのです。
 放尿の境地で剣を振るう達人なんて、ちょっと見たことありません。

 とにかく貴様ら、萩のやばさをもっと知るべきだと思います。
 仲間がそんなヤバい萩の相手をしている時に、一人で呑気に岩を積み上げてる幹人とか超偉い。もっとがんばれ。超がんばれ。

4. 「次の部長はあいつだな…」(いでじゅう!)

 林田と森もくっついたし、(中身はどうあれ)新しい部員も増えたし、さあこれから面白くなるぜ! みたいな雰囲気になって来たと思ったら、部長がいきなり「次の部長はあいつだな…」といきなり幕引きが近いことを匂わせる発言を!
 まあ、実際の部活ならそろそろ3年生が引退する時期なので、あくまで部活動マンガであることがアイデンティティである「いでじゅう!」としては至極当然な展開ではあるのですが。これからどこまで連載を続けるつもりなのか、いまだに読めません。

 そして、『サンデーで最も報われない女性キャラ』の座を今も欲しいままにしている我らが中山朔美ちゃんですが、失恋をバネに色々とがんばった結果、知らない間に憧れの先輩からも一目置かれるリーダーシップを発揮する存在になっていた模様。真面目で健気で下級生への気配りができ仲間からの信頼も厚く、その上ちっちゃくてカワイイだなんて、リーダーとしてはかなり理想的じゃないでしょうか。そんな彼女から「お願いします!」と言われたりしたら、誰だって奮起するというもの。
 これからの日本の理想の女性の上司は、黒木瞳じゃなくて中山朔美で決定ですネ!(何がなにやら)

5. 辻原過去話おわり(こわしや我聞)

 色々と謎が多かった「こわしや我聞」の辻原ですが、実は我聞のおかげで闇の世界から抜け出して再び日の当たるところに戻ることができたのであった! という秘められた過去があったことが発覚。我聞は我聞で、辻原を「格闘技の師匠」と幼少の頃から崇めていたことが判り、ますますこの二人の関係の奥深さを垣間見ることができたエピソードだったと思います。
 これまではどっちかと言えば辻原×我聞的だった両者の関係ですが、今後は我聞×辻原的な妄想が行いやすくなる環境が整った、と言えるのではないのでしょうか?(と言われても)

 個人的には、そんな辻原が眼鏡を掛けるきっかけが結局何だったのかを知りたいところなのですが、それは彼の性格の豹変ぶりの秘密と同様、永遠に明かされない謎であるような気がしてなりません。この前の「いちご100%」のベッドシーン同様、本編で語られざる部分は妄想でカバーするのが正しい読者の在り方ということなのでしょうか?(と言われても)

番外. 東遊記最終回

 今週は合併号ということもあってか、この他にも「ケンイチ」「見上げてごらん」「ハヤテ」「道士郎」「あお高」「D-LIVE!!」など色々と盛り上がるマンガが多かった今週のサンデーですけど、そんな中で「東遊記」がついに今週をもって最終回ということに。
 序盤の頃は、デフォルメが効き過ぎた絵柄と如何にも「マンガ的」な世界観に馴染むことができず、正直かなり読むのが辛かったんですけど、イチゾーが急成長して物語のスケールが急激にアップし、ロゼとゴサンが互いを「チンカスヤロー!」「このアバズレ!」と罵倒するようになったところから、まるで堰を切ったかのようにやたらとこのマンガが面白く感じられる様になりました。
 いやその、そういう面白がり方がおかしいことは承知の上なのですが(ダメ)。

 個人的にはやはり幼女神モーズが相当ツボに入ったので、彼女が序盤からイチゾーのライバルとして登場していればもっと面白がれたのになあ、というのが残念なところ。超増刊での再起に期待します。

2005/04/23

■シグルイ・イン・ライブラリー

 『狂おしく 血のごとき 月はのぼれり
  秘めおきし 魔剣 いずこぞや

 伊良子清玄と藤木源之助が怪物となった夜。
 月と、マリア様だけが二人を見ていた。

 そんな感じで、「シグルイ」3巻が出てからというもの、再び「シグルイ」と「マリみて」をコラボレートする遊びが自分の脳内で再流行中の私ですが!(挨拶)

 「シグルイ」2巻の時は、『物語の根底に「完成された封建制度の狂気」という共通したテーマがある』という視点から「シグルイ」「マリみて」双方の物語の類似性を指摘しましたが、先日発売された「シグルイ」3巻、およびマリみて新刊「イン・ライブラリー」の幕間劇『イン・ライブラリー』においても、やはり同様の傾向が見られると思います。

 「シグルイ」3巻の内容は、虎眼の妾のいくに手を出したことで虎眼の怒りを買った伊良子清玄が仕置きされて廃人となる様を、それこそ最初から最後までみっちりねっとりと描写している訳なのですが、何故伊良子がここまでメタメタにやられちゃったかと言えば、妄想に囚われて後先が考えられない状態になっている道場主・岩本虎眼に対して常識的なツッコミを入れられる状態の者が誰も存在せず、虎眼の意のままに動いて伊良子をシメることしか考えられない「傀儡」と化していたからに他なりません。
 むしろ突っ込むどころか、伊良子を除く全ての虎眼流剣士達が積極的に岩本虎眼の狂気の世界を受け入れて伊良子の仕置きに荷担しているところに、この作品が描いている狂気の本質があります。

 3巻の「犠牲者」となった伊良子は元々狂気の道場の埒外に存在していた人物ですし、いくと三重の二人の女性は、自分を取り巻く絶望的な状況を変える力が彼にはあると思ったからこそ伊良子を愛するようになったと思うのですが、でも「シグルイ」を取り巻く世界は「少数のサディストと多数のマゾヒスト」を前提として成り立つ狂気の封建制度によって支配されています。制度を受け入れられない者は、制度によって葬り去られる運命にあるのです。それが封建社会というものなのです。
 客観的に見れば、伊良子を何とかするよりも、あきらかにおかしい(頭が)虎眼を何とかした方がみんなハッピーになれるんじゃ? と突っ込みたくても、この作品世界のシステムは斯様な突っ込みを全く受け付けません。虎眼の狂気が全てを統べる閉塞環境の中であらゆる者がおかしくなっていく様を、我々はただ「うへぇー」と呻きながら見守るしかないのです。

 つまり「シグルイ」とは、「封建制度」という作品世界の有り様がその作品の面白さを規定する、システマチックな面白さに溢れた作品と表現することができます。

 「彼女。変わりました
 松平瞳子は、はじめて細川可南子の笑みを見た。

 そして「マリア様がみてる」も、また「作品世界の有り様がその作品の面白さを規定する、システマチックな面白さ」に溢れた作品です。カトリックの女子校という舞台設定もさることながら、「姉妹制度」という文字通りのシステム、そしてそのシステムがあるが故に生み出される人間関係の数々が、この作品世界の根底を形成しています。

 特に「イン・ライブラリ-」に掲載されている、"名作"の誉れ高い『チョコレートコート』はまさにこれに当てはまるエピソードです。この話は、作品世界に「姉妹制度」が存在しなければ、そもそも物語として成立しません。姉妹制度が「契約」として婚姻にも似た強い力を持っているからこそ、「チョコレートコート」における三角関係は成り立つのです。
 長期連載として安定した面白さを発揮している作品は、大抵はこの「システムが規定する面白さ」を持ち合わせているのではないか、と思われます。

よく寝てよく食べてストレスはため込まない。
 愚痴を言いたくなったら、私のところに来る、いい?

 顎先をかすめただけの祐巳の言葉は、
 それ故に瞳子の脳を十分に震盪せしめた。

 更に「マリみて」の場合、「作品世界のシステムが、読者の常識的な突っ込みを全く受け付けない」という「シグルイ」同様の狂気的な要素も、同時に持ち合わせています。
 それが顕著に表れているのが幕間劇「イン・ライブラリー」で、この話は要約すると「祐巳が寝てる間に居なくなった祥子さまをみんなが探す」というただそれだけのお話であり、「別に生徒会総出で探さなくても、館で待ってりゃいいだけじゃん? そんなに一大事なのか?」と客観的に突っ込んでしまえばそれまでです。多分、これを読んだ人の半分以上は、心の中でそう思ったに違いありません(断言)。

 しかし、前述したように「マリみて」世界には「姉妹制度」というシステムが存在しており、また主人公の福沢祐巳自身がその「姉妹制度」が原因で「誰を妹にすればいいのか」と悩んでいるという背景があるので、こんなお話でも

  • 「大好きなお姉さまを捜す」という理由で、祐巳が校内を徘徊する理由ができる
  • その祐巳の最有力妹候補である瞳子を登場させて祐巳と絡ませ、読者に興味を惹かせる

 ことが、物語的に可能となります。もはや祐巳に対しては、こと姉妹問題のことが絡むと常識的な突っ込みは通用しないのです。
 この辺、物語序盤で祐巳が山百合会の「埒外」な立場の視点から他のメンバーに常識的な突っ込みを入れていた頃と比べると、なかなか興味深いものがあります。これを「成長」と呼ぶのか「順応」と呼ぶのかは難しいところですが、祐巳もまた「マリみて」世界における狂気を体現する存在になったことだけは間違いないでしょう。狂気を維持する体制側の人間になるというのは、つまりはそういうことなのです。

 虎眼流を踏み台にして己の野心を成就させようとした伊良子は「仕置き」によって剣士としての命脈を絶たれた一方、虎眼流のシステムの中で己を磨き続け、伊良子を叩き潰した藤木は「怪物」と化して行きました。
 そして福沢祐巳もまた、リリアンにおける姉妹制度システムの中で徐々に「怪物」となりつつあります。もはや、彼女の誘いや説得に逆らえる者は、この作品世界の中では誰もいないのです。

 文化祭劇の練習の日。ただ一人山百合会の命に背き、瞳子の誇りを守った者。
あの方は傀儡(スール)どもとは違う。血の通うた誠の薔薇さま
 寒い筈がない。乙女の胸の内に、福沢祐巳が燃えていた。

 祐巳が藤木よりもタチが悪いところは、己がどれだけ強い存在なのか、当人がまったく自覚していないところにあります。
 「祐巳さまが自分を訪ねてきた」と知らされた瞳子はすっかりその気になっちゃってるみたいですが、一方の祐巳は相変わらずそれに気付いていません。この二人の関係は非常にマンガチックで魅力的ではありますが、また非常に恐ろしくもあります。もし、この期に及んで祐巳が瞳子を妹にしなかったら、瞳子の今の気持ちはどうなってしまうのでしょうか? 同じく祐巳を慕っている可南子は?
 祐巳が「妹」を決める段になった時、瞳子や可南子が「怪物」と化さないことを祈るのみであります。

シグルイ 3 (チャンピオンREDコミックス) シグルイ 3 (チャンピオンREDコミックス)
南條 範夫
秋田書店 / ¥ 560 (2005-01-20)
 
発送可能時間:在庫あり。

マリア様がみてる ―イン ライブラリー (コバルト文庫) マリア様がみてる ―イン ライブラリー (コバルト文庫)
今野 緒雪
集英社 / ¥ 440 (2004-12-25)
 
発送可能時間:在庫あり。

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■ワイド版GS美神20巻

 お久しぶりです。深沢です。
 世間的には「かってに改蔵」のやっちまった最終回で大騒ぎになっているんじゃないかと思うのですが、今回は先週発売されたワイド版「GS美神」の最終巻の話です。
 ここは一応そういうサイトなので。

 それで「GS美神」の最終巻ですが、やっぱり「GS美神 '78!!」が何度読んでも秀逸。こんな勢いのあるラブコメ、今のサンデーじゃ滅多に読めません。
 前にも書きましたけど、とにかく唐巣神父が男として格好良過ぎます。「失恋した美智恵に負けない力を身に付けるために修行の旅に出る」という最終話における彼の行動が、もう男らしすぎて辛抱たまりません。この時の彼は、理由は自分でも何だか判らないけど、とにかく「美智恵と吾妻がくっついた」現実に対して反逆したかったんでしょう。その気持ちよく判るぜ神父!

 という訳で「GS美神'78」はたいへんに面白いのですが、それ以降の話になると、さすがに「連載末期」という言葉の響きがよく似合うグデグデした雰囲気が、どことなく漂って来るようになります。
 特に「呪い好きサンダーロード!!」や「もし星が神ならば!!」を初めて読んだ時なんかは、「この程度のボリュームなら1話でコンパクトにまとめた方が面白そうなのに、どうしてわざわざ2話構成にするのか? 作者や編集部に何かあったのか?」とか好き勝手に思っていました。やっかいですね(オレが)。

 またこの時期は、絵柄の面でもちょっと荒れ気味というか、キャラクターが不自然なまでにオーバーな表情をする記号的な表現(笑い目+涙+鼻水のアレです)の多用っぷりが目に付くような気がします。実際、「GS美神'78」までと「呪い好きサンダーロード」以降では、作風そのものが微妙に変わっているように見えてしまう時もありました。やっぱり、この時期に作者に何かがあったのか? とか勘ぐってしまうのがファン心理のやっかいなところですよね(自己肯定)。

 更に、当時は「もし星が神ならば!!」に対して「織姫が化けるのは、美神じゃなくてルシオラであるべきだ!」なんてツッコミがあったり、「マジカル・ミステリー・ツアー!!」に対しては「せっかくおキヌちゃんと横島のツーショットなのに、ラブ度が足りねえ!」なんて意見が結構このサイトに寄せられたのも記憶に残っています。やっぱり、みんな色々と引きずっているものがあったんでしょう。
 作者が提供するものとそういう読者が望むものの間の溝は、この時期になっても埋まることはなかったのです。

 その後、サンデーで「ここより永遠に!!」が掲載された頃にGS美神の連載終了が正式に作者からアナウンスされ(サンデーファン感謝イベントのトークショーで椎名氏自ら「今最終回の原稿を描いている」と暴露して観客をビビらせたそうな)、この作品は終局に向かいます。

 最終回「ネバーセイ・ネバーアゲイン!!」は、今読み返せば「GS美神」という作品の本来のテーマを端的に表現しているよくできたお話になっていると思うのですが、でもやっぱり当時は多くの読者の中にまだ色々と引きずっているものがあったためか、人間関係にケリをつけないままうやむやのうちに終わってしまったことに対しては、(それが作者の狙いであるのが判っていても)やっぱり釈然としないものを覚えた方も多かったのではないのでしょうか。

 連載終了後に読んだ、とある「GS美神」の同人誌の中にあった「『GS美神』は最高のマンガだったが、最終回は最高ではなかった」という言葉が、その釈然としない感覚を上手く表現しているなあと思いました。
 アシュ編終了後の「GS美神」は、既にそういうコアなファンの期待に沿えるマンガではなくなっていたのかも知れません。

GS美神極楽大作戦!! 20 (少年サンデーコミックスワイド版) GS美神極楽大作戦!! 20 (少年サンデーコミックスワイド版)
椎名 高志
小学館 / (2004-07-15)
 
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※ワイド版感想の締めとして、この機会に「GS美神」に対する個人的な想いを書いてみるつもりでしたが、ちょっと時間がなくてまとまらなくなっちゃったので、その辺はまた後日。

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■生存証明を兼ねた最近買ったもの紹介:武装錬金4巻

武装錬金 (4) (ジャンプ・コミックス) 武装錬金 (4) (ジャンプ・コミックス)
和月 伸宏
集英社 / ¥ 410 (2004-09-03)
 
発送可能時間:

 皆さんご存じだろうと思いますが、みんな大好きLOGIC&MATRIXの遊星さんは、相変わらず「武装錬金」普及のために頑張ってますね! 私の頭の中では、もう遊星さんのビジュアルイメージはパピヨン蝶野そのものです!(失礼)

 幾多の打ち切りの危機を乗り越えてきただけあって、「武装錬金」のファンはみんな熱いなあ!

 そんな感じ(?)の「武装錬金」ですが、コミックスの方も相変わらず熱いです。今回のメインは勿論早坂姉弟との対決シーンとなる訳ですが、とにかくカズキの言動が熱い。特に、P.142の

 「まだだ! あきらめるな先輩!

 という台詞は、おそらくこの中にこの作品のテーマのもっとも大事なものが詰まっているであろう、名言中の名言だと思います。かつて自分の目の前で蝶野が人間であることを諦めてホムンクルスになってしまうのを止められなかった経験を持つカズキだからこそ、彼が放つ「あきらめるな!」という言葉には強い説得力があるのでしょう。何度読んでも、このシーンで目頭が熱くなりますよ。
 対早坂姉弟編は、早坂姉弟が相互依存の閉塞状態から脱却して生きる目的を取り戻したのと同時に、カズキもまた一度は守れなかった大切なものを今度は守ることができた――という意味において、とても重要なエピソードであったと言えるでしょう。

 あと、ちょうどこの対早坂姉弟編が掲載されていた頃はジャンプでの「武装錬金」の掲載位置が後退していた時期で、「もうすぐこのマンガ終わっちゃうんじゃ?」とまで噂されていたこともあっただけに、「まだだ! あきらめるな!」という台詞が妙なシンクロ感を生んでいたのも、今となっては良い思い出です。
 4巻のライナーノーツを読むと作者が人気獲得のために色々と苦心している様子が伺え、やっぱりこの頃は作品のマネージメントが大変だったんだなあと想像。

 あの頃はあんなに貧弱だった「武装錬金」が、今ではキャラクター人気投票ができるくらいまでの人気者に……(しみじみ)
 やっぱり、何事も簡単に諦めちゃダメだよね!

 現在ジャンプに掲載されている連載では、今度はカズキが「人間」であることをあきらめない為にあらゆるモノと戦わなければならない境遇に叩き落とされており、4巻で提示されたテーマがますます重みを増して来ています。
 生物的な意味での「人間」でいられる残りわずかな時間の中で、カズキはいったい何を成し遂げることができるのか。作者の和月氏の今後の手腕に注目したいところです。

 「武装錬金」は、個人的には今ジャンプの中で最も今後に期待しているマンガです。
 さすがに私はコミックスを30冊も買うことはできませんが(笑)、これからも何とか応援していきたいなあ。

■生存証明を兼ねた最近買ったもの紹介:無敵鉄姫スピンちゃん

無敵鉄姫スピンちゃん (ジャンプコミックス) 無敵鉄姫スピンちゃん (ジャンプコミックス)
大 亜門
集英社 / ¥ 410 (2004-09-03)
 
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 連載中は主に大きなお友達層からコアな人気を獲得したにも関わらず、掲載時期のタイミングの悪さなどの諸般の事情が重なってしまって惜しまれながらもわずか11週で打ち切りとなり、椎名先生からも同情された(笑)悲劇のコメディマンガ「無敵鉄姫スピンちゃん」。ついにコミックスが発売されました。めでたい。

 私が普段コミックを書店では、ジャンプのコミックスの場合は例え不人気作品でもあっても結構な数が入荷されるものなんですけど、なんか「スピンちゃん」の場合は、自分が発売日に買った時には既に残り一冊の状態でした。
 変な人気があるせいなのか、単に入荷数が少ないせいなのかは不明ですが、ジャンプコミックスでこういうのは珍しい気がします。

 それでこのマンガ、今改めて読んでみると、「いもうとミサイル」「真性ゲイの女子高校長」などはともかく、「女性を口汚く罵る引きこもりのデブ男」やら「性格はともかく見てくれがマッチョかつマッスルなデブ女子」やらのスパルタンなキャラが大暴れする話とかになってしまうと、なんかこう「まあ、さすがに少年誌じゃ打ち切られるのも仕方ないかな…」という気になって来る良識的な自分を発見してしまい、ちょっと悔しい気分に(悔しいの?)。

 作者の大亜門氏は「テーマはダメ人間賛歌です」と取って付けたようなこと言ってますが、天下の週刊少年ジャンプがこういうダメなマンガを受け入れるには、まだ時代がちょっと早過ぎたのかも知れませんね。
 「スピンちゃん」の連載が始まってスピンのぷに顔がジャンプの表紙を飾った時は、「これは新しい時代の幕開けに違いない!」と確信したものでしたが、残念ながら時代のあだ花に終わってしまったようです。と時代のせいにしてみる(万能の言い訳)。

 何にしろギャグセンスには光るモノを感じるのは確かですので(読み切り版に出てきた台詞「どんなに社交性のないダメ人間でも、ロボットと小さな女の子は大好きですからね」は、今も私の座右の銘です)、ダメ人間に対する愛情を更に極めた上での再起を期待します。

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